2005年12月31日

大晦日の夕飯時に

昨日の悲劇を回想しております。
惨劇とも云いますか……。

ゲームのグラフィックを入れたフォルダは、デスクトップに置いていた御陰か
傷一つないんですけれどねえ。
どうも、ハードディスクに関連しないフォルダが全部飛んだみたいです。
ウイルス対策ソフトなんかは全く問題ないので、まあ一安心。

マイピクチャと、マイミュージックのフォルダが一瞬で消滅したってもんです。
ミュージックのほうは作業中に聴く音楽としてCDから取り込んだデーター
なので手間と時間さえ掛けりゃあ元に戻せるんですがね……。

…マイピクチャ……

色んなところで収拾した写真(特に宇宙関連ニュースのとか風景写真とか)や
収集したドット絵(中には季節物でもう手に入らないものも)を、再び集めるのは
不可能だ…!
何を集めていたか分からんのだから。覚えていないと云うか。

覚えてないなら、そんなに重要でもなかったんだろ。

と自分を慰撫しつつ、昨日CD−ROMにデーターを保存する作業をしていたのが
段一段の深手であったりします。
幾つかのデーターを保存する為にCD−ROMを動かしたのに、何故そのとき
ドット絵やら写真やらのフォルダも保存しなかったのか。
焼き込む手間と時間を惜しんだら、手間と時間では取り返しの付かない事態に
はまって、とっぴんしゃん。抜けねえ、どんぶらこ。

復元ソフトを使用しましたが、使えないファイルばかりが出て来て
余計に哀愁を溜め込んだ感じでございます。
予期せぬ椿事(ちんじ)は、予期出来無いから不可避で予期せぬ椿事であるのだ。
哲学を捻繰って、踏み倒したい心境のまま年の終わりです。


今回の非運(或る種、失態)を教訓に、来年はデーターのバックアップを
月一行事と制定し、それを励行する。

このブログを読んで下さる皆さま、読んで下さったかた、
三ヶ月と云う短い期間でしたが、御来訪ありがとうございました。

安穏なる平穏の大晦日でありますよう、祈り申し上げます。

《 来年に続く 》
posted by しおのや at 19:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 隔日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月30日

気泡、水泡に帰す悪報

何を弄ったのか解からないが(と云うところが一番問題なんですが)、


ドキュメントデーターが、ごっそり消えてしまった……。


現在、復元ソフトを使ってファイルの救出と仕分けに追われています。
なんですか、この数奇な運命は。
ようやく寒が緩んで来て、やれやれようやっと年の瀬らしい年の瀬を迎えられるなあと
浮かれた矢先に、この蹴っつまずきですか。
行く先、暗雲垂れ込める因果の香りがしますな…。

思い返せば、あれもこれもと、今年は厄年だったのかも知れない。

頑張れ。
今年って云ったって、残すところあと一日と一時間じゃないか。


一敗地に塗れて、ほうほうの態の心に自己鼓舞をね……、
…………。
……
posted by しおのや at 22:05| Comment(2) | TrackBack(0) | 隔日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月29日

力の源

何かをする(始める)ときの切っ掛け、そこから進む為のエネルギーまたは気力、
そして継続の為の体力、もしくは精神力と云うのは千差万別に諸々種々です。
その諸々種々(もろもろくさぐさ)の中に個性があるのだとすれば、わざわざ個性を
模索するなんて手間は要らないわけですが、
まあ、そのところは物臭の言と聞き流して下されば幸いでございます。

何かを創作(文か絵か、はたまた別の媒体であるかはその時次第)する切っ掛けと
云うものに考えを巡らせておりましたら、絵は圧倒的に、音楽発端でした。
琴線に触れる音楽を聴いた瞬間のイメージを、紙の上に描き留めようとする
反射のようなものが起こるわけです。
つまり、描画は聴覚主体。

漫画を描こう、と云う心持ちの発端は映画やイラスト観賞に触れて、です。
動画やイラストを観ているときは音楽とまた違う種の「ひらめき」が起こり易い
みたいですねえ。
漫画を読んで触発されることも過去には多くありましたが(と云うか一等の初めは
漫画と云う表現方法に感激して、漫画を描き始めたんですけれども)
しかしながら昨今は漫画自体を読まなくなって久しく、主に刺戟の元は映画です。
特に洋画。
……この辺は単なる好みですが。

さて、ものが変わって「文字」を使う段になるとこれらは一変します。
小説を書く為に必要なものは何かと云うと、これが手余し筆頭の、不愉快なる感情。
これがないと、小説が進みません。
なんて云うと「おめえはどこの気難しい文筆屋を気取ってんだ」と不興の爆竹を
喰らいそうですが、苛立ちと嫉妬と不快が無いと小説が書けません。
とどの結局、足りないところを補いたい!と云う感情の燃焼が無いと駄目だって話。

と云って、不愉快が強いと小説どころじゃあなくなります。
元々神経が尖り易いので、不愉快が憤りに変わるまでの間隔が極めて短い。
そうなると小説なんぞ書けません。
昔人曰く「怒りは短い狂気」ってなもんで、あれは全くその通りでございます。

でも、物語の最初の種を辿ると「不愉快」が微少であれ、過多であれ、何かしらの
形で含まれていることがほとんどです。
一体どう云う小説を書いとんじゃ、と訊かれてもないのに自分語りをしますは御愛嬌
ごくごく普通の小説です。
現代物からファンタジーから学生ものまで、無節操に鉛筆を動かしておりました。
得意分野なんてものはありません。
人文地理学と中南米文明と鉱物学と植物学と医学を愛する私は、
余分知識を蓄えつつ、それらを十分の一も活かせない物語を綴っております。

泥沼恋愛劇ってのは生理的に嫌いなので、これは頭っから書きませんが。

畢竟、私の欲する「不愉快」と云うのは分解すると「不足に懊悩する心」で
あるわけでして、最近は満ち足りているような気がしている為、小説を書くペンが
ことほどさように止まっているのだ、と云う弁解的自己分析なのでした。
……明日になったらまた別の弁解を思い付くだろうな。

私の創作の源は、朝令暮改(昨非今是でもOK)です。多分。


三度の飯より好きな「思惟」の、力の源はと云うと……。
*思惟を分解すると、机上に空理空論なる粘土を捏ね繰り廻すこと、となる。
posted by しおのや at 20:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 隔日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月28日

なんか色々

fhee.jpg

輪郭線は鉛筆(粗)2ドット線。
なんと云うか、尖った鉛筆のがざがざした線が好きなのですが、CGでそれを
表現するのは難しいですね。
不透明度とかアンチエイリアシングとか、そう云うテクニックでカバーすれば好い
のかも知れないんですが私にはそこまでの知識がない為、がざがざへの道は遠く。

絵の題材に何かないかなあと棚を漁っていたら、昔描いた漫画が出て来たので
現実(または現物とも云う)から眼を逸らしたい衝動に駆られながらも
その漫画の主役らしい妖精を描き直してみた……ら、

羽根を描き忘れている……!

駄目ですね、まだ頭が茫洋たる霧の中を彷徨しているようです。

バケツ(ベタ塗り)を使って塗りの大部分を仕上げたのは、フォトショップ使用で
初めてかもしれない。いつもは水彩かエアブラシでのったりと塗るだけです。
なので、塗り残し部分の粗の多いことと云ったらないわけで。

fhee2.jpg

もう一枚。
カラー数値を弄って、イメージに近い色に変換したもの。
なんか、塗るときに「こう云う色!」と決めていても、完成すると色合いが
脳内完成図と離れていることが多いんですよ。
色彩音痴と云われる由縁です。

こう云う時デジタル画像は好いですね。カラーも彩度&明度も、コントラストも
数字を打ち直すか、バーを左右するだけで変更出来る御手軽さが。

しかし、アナログだとイメージ通りに塗り上がることが多いのもまた現実。
一発勝負のほうが緊張の按配が好いってことなのかしらん。
それにしても羽根の描き忘れは痛恨の失念だ。
posted by しおのや at 17:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 創作、制作あれこれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月27日

ツケの支払い

睡眠時間と栄養の偏りと、ここ最近の気圧変化に体調不調です。

溜めに溜めていた眼精疲労に磨きがかかり、ディスプレイを見てたら
目の前がぐらぐらするような酩酊の有り様です。
そう云うわけで、しばらくはPCから離れて作業します。
と云うか、PCは娯楽なんですがね。

まだ若いと思って無茶苦茶なスケジュールを組んだら、呆気無く暗礁に乗り上げ
どうにもこうにも動けない現状に、明日からの無理の匙加減を知る。
無理無体の臨界点が低くなって来てるなあ、年々。
posted by しおのや at 17:30| Comment(2) | TrackBack(0) | 隔日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月26日

軍艦巻き

ikura.png

↑昼飯。
ディナーは道草と云う、ここ最近の明け暮れ。皆さま、こんばんは。

ドット絵は、一週間打たないと勘を忘れてしまう。
その足の早さは青魚の如く。
題材(画題)がないので打つにしたって打つものが無いと云う現状に
いささか悩んでおります。

その為、遅筆が殊更に鈍足筆となり……

ってのも一因ながら、ところてん脳味噌でプログラムと云う難壁に挑んでいるので
そちらに時間を回しているのが主因です。
意外と面白いので日記の更新までも遅れ気味になっております。

現時、睡眠時間が不規則を極めているせいか、文章構成能力に著しい低下が
認められます。それと同じくらい記憶力も剣呑です。
自分でも分かるくらいですから、傍目八目にはどう映るのか、数日後に
日記を読み返して頭を抱える事態にならなければ好いなあと思うんですけれども。
後顧の憂いを転ばぬ先の杖で弾き飛ばすだけの思考力も半睡半醒の態で、
詮無しってもんでございます。

気温の話。
少し寒が緩んだな、と思えるほどにはなってきましたねえ。
嵐の前の静けさ的なものでなければ好いのですが。
posted by しおのや at 20:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 隔日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月25日

冬の娯楽

b_night.jpg

昨日に引き続き、写真のイラスト加工を楽しんでおります。

冬の娯楽といえば、読書か音楽鑑賞か、ゲームくらいしかないわけですが
図書館が年末年始の休館に入った現在は一気読みをせず、ぼちぼち読み進める
御猪口(おちょこ)読みをして……
いたはずなんですが、
目許が狂って、つい一気読みしてしまいました。

「医学は科学ではない」 著・米山公啓/出版・筑摩書房

医学は科学なのか、いや科学と云うには差違が在り過ぎる。
と云うところからスタートして、治療に向き合った時の医者と患者の心持ちの違い、
名医ブックや良い病院ランキングブック等は、アンバランスな土台の上に置かれた
データーを元にして弾き出されている(つまり科学的な証明がなされていない)
事実や、昨今の健康ブームのことまでかじった一冊。

医療の世界は統計が取りにくい、データーが集めにくい。
と云ったところから、
この国の皆保険制度に就いても言及。

この人の著作は何冊か読んでおりますが、記憶に残りにくい……。
文章自体は読み易いので好いんだけど。

「たのしい鉱物と宝石の博学事典」 編著・堀秀道/日本実業出版社

楽しい。
解かり易い鉱物学の書を探しているかたに入門の一冊として勧められます。
興味を持たれたら図書館……が年末年始休館なので、さておき。
私の周辺ではそうでもないみたいなんですが、鉱物学ってポピュラーなんですかね。
鉱石、鉱物関連の書籍が多くなった気はしますが。

そういやパワーストーン関係の店も増えたな。

宝石は高価過ぎて手が出ない!と云う人の懐に優しいのも特徴です。
きれいな石ころで好いんなら宝石でなくて、水晶や人工石でも充分だと思いますが
矢張り宝石が好いんかなあ。
磨き抜かれて、きれいにカットされた宝石には、それほどの興味を覚えませんが
あの、原石時代の無骨な手触りはたまりません。
研磨すれば輝きは増すけれども、飾り物になってしまうのがいささか侘しい。

電気石が欲しい。
その名の通り、温めると帯電する(静電気を帯びる)ので、
昔は灰皿の中に入れられていたそうです。なんとも贅沢ですな。
この電気石、別名称はトルマリン。
何かの健康器具なんかに使われていたような気もしますが、効果統計は科学的に
取られたものでしょうかね。

統計学は瀬の如しと今日の読書を引き摺りながら、この辺で拍子木。
いやあ、鉱物学は好いですな。
posted by しおのや at 21:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 読む観る聴くの楽しみ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月24日

夜景に端を発し

chilly.jpg

デジタルカメラの写真を加工するのは楽しいですね。
色相を弄ったり、フィルタを被せたり、そのまま背景にして上に絵を載せることも
出来るし、はっきり云ってデッサン狂いとかパースとかを全く気にしないで済む
材料の一つであるわけです。

青空を夕焼け空にすることも可能、雪雲を上下反転させて緑の丘にすることも
(こっちは手間がかかるので、他の写真を使うか自分で描いたほうが早い気もする)
大抵の加工でなんとかなるものです。

それこそマジックのように。

と云うのが、本日の伏線でございます。
最近ブログの更新が遅いのはテレビ番組を観ているからなんですが、今夜は
「Mr.マリックの超魔術スペシャル(番組名うろ覚え)」と
「世界一受けたい授業」の二番組を梯子しておりました。
一つのチャンネルをかけっ放しにすることが出来無いタチなので
このように観る番組は二つ以上あることが望ましいです。希望的に。

いやあ、マジックは面白いですね。
種も仕掛けもあるんだろうけど、そう云うのを取っ払って観るのが一等好きです。
人の裏をかくのは金銭の遣り取りだけで充分だ。
ささがきゴボウな精神を観賞で研ぎ直して、滑らかにして来ました。

「世界一受けたい授業」では、敬慕する唐沢俊一氏が講師として出ていた部分と
秋山仁数学講師の図形と、最後の音楽の授業を観ました。
音楽はベートーベンの生涯を本当に手短に簡略に、ベートーベン作曲の音楽と共に
紹介すると云う内容だったんですが、僅か二十分足らずの時間の中で感動しました。

あの「第九」は魔物ですね。
悪い意味ではなく、もうそれとしか言いようのない力を感じます。
元々クラシック音楽が好きと云うのもあるんで、いささか贔屓目ですが、それでも
ドヴォルザークの「新世界より」第四楽章(これが数あるクラシック曲の中で一等)
と双璧を成しております。私の中で。

音楽もマジックに似ているなあ。
両方とも私にとって未知の世界であり、種も仕掛けもあるけれども、
それを考えさせない魅力を持っていると云う辺りが。
posted by しおのや at 23:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 読む観る聴くの楽しみ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月23日

時季イベントって云うと

night.jpg

クリスマスより冬至を先に思い浮かべたい昨今、
柚子湯に浸かって、冬至かぼちゃを食べて、来年も元気で頑張るぞ。と……

柚子と南瓜でどうにかなるなら、人生易いもんですな。
とか云っているから、御利益が無いんでしょう。

クリスマスと云うとなんの思い出もなければ思い入れもなく、商店が大儲けする
書き入れイベントの一つと考えるばかり。
金儲けの機会と云えば、この年末年始に勝るものはないだろうなあ。
特に語ることが無い日は、このような具合に散文を連ねるわけでございます。

イラストはフォトショップ描き。
クリスマスっぽい絵にしようと思ったのは、描き始めの二分ぐらいでした。
イメージ湧かないんだよな。
背景はペンツールを使って手数を省いております。落書きと云うレベル。

そろそろドット絵が恋しく(打ちたく)なってきた。
posted by しおのや at 22:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 隔日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月22日

降ったー!

ヘッダー!

親父ギャグに勝るとも劣らぬ、秀逸に下らないギャグから始めまして、こんばんは。
とうとう在住地区にも雪が積もりました。
風花雪ではなく、地面を覆う雪です。道理で底から冷えるわけでございます。

green_l.jpg

フォトショップの筆に試行錯誤。
使えるペンが多いと云うのも悩みの種になるんだなあ。
紙にペン描きするなら、それほど考えないで絵が描けるのに。

塗りは大体いつもエアブラシだけど、今回は油彩と云うのを使いました。
油彩特有のぼろぼろっとしたタッチを出すには、使い込んで慣らすしかないですな。
今の塗り方だとサインペンみたい。
posted by しおのや at 18:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 創作、制作あれこれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月21日

製作の中休み

または中だるみと称する期間です。

年の瀬、別に誰かの師匠でもないのに細々した用事があれもこれも顔を見せるので
もぐら叩き的に虱潰し掃討作戦を展開しております。
ゲーム制作云に、芸術的な技量、前衛的センスに時代の行く先に聡い眼力と、
根気と制作ツール一式が必要なことは知っていましたが、
制作に割く時間も不可欠でした。
どうにも要領が悪いので、時間をうまく作れないんですよねえ。

行き詰っているのは戦闘用グラフィック。

幹となるシナリオは最後の部分を手直しするだけなので、いっそSRPGではなく
アドヴェンチャーゲームにでもしてやろうかと魔が差すこともありますが
ぼちぼちぼちぼち点打ちして作ったユニットやマップチップを水の泡にするのは
不如意な不本意。

あちらを立てれば、こちらが立たない。と云う板挟み。

なんだかんだで、挟まりながらも楽しくやってはいるんですが、
ついさっき塗り忘れのカットをフォルダから発掘した為、意気消沈しております。
確認不足が後に響くと、いかに面倒か……。

そういや、ちょっと風邪気味な感じです。
生活リズムが滅茶苦茶なのと、栄養不足と、
何度来るのか分からないこの冬一番の寒気のせいで。
いや、自己管理の甘さか。

思い付き寸劇
posted by しおのや at 20:22| Comment(0) | TrackBack(0) | SRPG「砂鉄」制作の経緯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月20日

睡眠不足の頭

in_des.jpg

まともな思考が組み立てられない。
下品になる。
粗野と苛立ちと憤りが、仲良く酒を酌み交わす。
理性的な計画が頓挫する。
胃病の増悪を促す。
文章構成能力は破綻するが、あれやこれやと書きたくなる衝動が起きる。
それに伴った露悪趣味の露出。
風が吹いても噂と聞こえ、雨が降っても笑い出す。

でも寒さは変わらない。


本日、非常に睡眠不足です。
さもあらばあれ。しかしながら昂揚感がはしゃぎ回って眠れません。

フォトショップのカットアウトフィルターって切り画みたいで好いですね。
posted by しおのや at 22:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 隔日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月19日

回想の夕べ

「落語って、こんなハナシ」 春風亭昇太/監修、ブックマン社出版
と云う本を読みました。

落語に興味あるけど、なんか取っ付きにくそう、解かりにくそうと思っているかたに
最適の一冊ではないかと思います。
入門書の前の「入口の書」と云った感じ。
……門に入る前だから、呼び鈴の書のほうが好いか。まあ、何はともかく。

落語の覗き穴を御探しの人は、図書館で借りて読んでみて下さい。
落語の髄の髄までしゃぶり尽くしたい!と云う人には物足りないかも知れません。
面白かったけど。

そしてもう一冊。
「ガープスルナル・完全版」
今を去ること何年ですかねえ。
テーブルトークRPG(TRPG)と云うものが加熱を見せた一時期、
その中の世界観の一つとして創られた世界「ルナル」で仮想遊戯に興じる為に
作られたルールブックが何冊もありました。

この書籍はその集大成。

決定版と云うか、総集編と云うか迷いますが、角川スニーカーの文庫本版よりも
ボリュームダウンしているような気がするのは気のせいか。
いや気の所為ではない。

ガープスと云えば、先ず以てガープス・ベーシック。
そこからマジックに飛んでもよし、サイバーパンクに飛んでもよし、プロレスも
格闘技も、勿論ファンタジーも東洋奇譚(妖魔夜行など)も、なんでも来ーいで、
ルナルだけではなく色々なサプリメントブックが出ておりましたねえ。

何年前のことか、忘れたんですが。

サイコロと紙と鉛筆とルールブック、三人以上(個人的に算出した数ですが)の
面子と、暇な時間と柄杓一杯の想像力があれば、それで遊べると云うわけですから
安いもんです。
ルールブックは廻し読みとかで金銭をケチればOK。
私自身はガープスよりもソードワールドのほうがルールが簡単なので好きでした。

まあそう云った、想像力遊びの決定版をまとめたのがこの一冊なわけですが
この本だけ持っていても使えません。
ガープスベーシックの完訳版を買い求めないと、ルールが完全ではないので
取り敢えず必要最低限のものだけを買ったとして、

ガープスベーシック完訳版5040円(税込み)加算することの
ガープスルナル 完全版4830円(税込)加算することの
ガープスマジック完訳版4200円(税込み)の加算で…

一万四千七十円。

……。
私ならば、古本屋で文庫本を探す手間を取りますね。

しかしルールブックだけ揃えても、必要なのは面子と時間をどう集めるかってとこが
一番の問題であったりして。
ああ、我が在りし日は暇だったんだなあと、完全版に眼を通しながら
追懐しておりました。

現時下、誰かの家に集まって想像力を絞り出しつつルールに唸りながら
サイコロの出目に一喜一憂するより、オンラインゲームのほうが楽でしょうかねえ。
したことないからわからないけど。
解かるところで云えば、対人&運任せのTRPGよりPCゲームのほうが楽です。

でも、面倒でもややこしくても、なけなしの発想力を絞る瞬間が楽しかった。
楽ではないけれど。
posted by しおのや at 22:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 読む観る聴くの楽しみ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月18日

鉾先がないので

ここで声を大にして叫ぼう。

今冬一番の寒気が何回来るんだよ…!

別にフォントサイズまでは変えませんが、ここまで毎日毎日
「明日はこの冬一番の冷え込みになります」
と言われたら、もう遣る瀬無いのを通り越して笑いたくなる。

今日なんかめったら笑い種にでもしないと、遣り過ごせない寒さでしたねえ。

私の在住地域では雪は降っても地に積もらぬ、と云った風花(かざはな)でしたが
ニュースなんかで雪の猛攻を受けている地域を観ると、
あんだけの大雪に見舞われているところもあるんだから、寒いの風が烈しいのって
どうのこうの言えないよな。

と思いつつ、
今日も元気に「寒い寒い」と、この世に存在する言葉はそれしかないかの如く
繰り返しております。
気象予報士のかたの話によると、通常ならここまで寒気が下がらないはずなのに
温かい空気の塊があって、そいつに押し下げられて循環システムのように寒気が
ぐるぐるぐるぐる、上空の行ったり来たりを繰り返しているのだそうで。

誰でも好いから、その温かい空気の塊を掃除機で取り除いて来てくれ…!

さて、今年中にあと何度「今年一番の冷え込み(または寒気)」が来るかな。
なんだかんだ云いつつ、こたつで手を温めながら絵を描いたけど。

schools_01.jpg

下書きなし、ハイテック−Cの0.3ミリ黒ペン使用。
スキャナーで取り込んだ後、フォトショップで色加工。軽くぼかしフィルタ。
posted by しおのや at 19:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 隔日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月17日

無理はしない

とは、無理をしないことと厳密には違うようです。
こんばんは。久し振りに名乗りたくなりました、しおのやでございます。

図書館にも御堅い書籍以外のものが増えて嬉しい限り。
就中(なかんづく)医療関係の書籍と漫画・イラスト関連の本が増えている模様。
後はコンピューター関連のもの。
図書館の書架は意外と、時代を反映するのかも知れません。
一方で、ぼろぼろの化石のような本もあるので、図書館は一種の時空間ですね。

さておいて。

「激マンシリーズ 男性キャラを描いてみよう!」 美術出版社
と云う本を読みました。
資料集と云うか、テクニック伝授本と云うか、人物画で悩んでいる時にちらっと
勉強する為の本と云いますか、まあそう云う感じです。
人体バランスの取り方なんかの説明は結構細かく書かれているんですが、
私とは相性が合いませんでした。

イラスト勉強本に相性もくそも味噌もあるか、ってわけに行かないんですよねえ。

描写するとなれば、矢張り自分の好きな人や物をモデルにしたいって感覚です。
まあ、とにかく相性が合わないながら通読する貧乏性を発揮しながら、
次の暇な日に図書館へ返却決定。

続いて、
「患者さんに伝える臨床検査の説明マニュアル」 医歯薬出版株式会社
沈んだ気分を浮き上がらせる名著!

病院で受ける検査ってのはそれこそ、素人が聞くに「何それ」が多いわけですよ。
あ、検尿とか血液検査とかはそうでもないか。
でも血液検査の結果が出て、数値が色々と記されたレシートみたいなのを
はいどうぞ、と渡されても何がなんだか解からない。
今でこそ、半可通のレベルまでにはなったと自負しているけれど、何も知らなかった
頃は白血球とヘモグロビンのほか、全くわかりませんで困ったものです。

現在の行きつけのクリニックでは丁寧に説明してくれます。
掛かり付けではありません。飽く迄も、心境的に。

さて、検査値に検査名称、なにがなんだか解からない時、辞書代わりに
ささっと意味を引いて頂くのに適したのが、この一冊なのであります。
医療従事者向けに書かれている書籍である為、いささか専門的な基礎知識は必要に
なるかも知れませんが、そう云うのは別の書籍で補えば良いので問題無しですね。
通常行われそうな検査はおおよそ把握出来ると思われます。
検査所要時間の目安や、どこをどう云う風にするのかや、検査でわかること、
前処置、その検査の目的なども(所々)掻い摘んで書かれています。

書物の知識に頼り切りになるのは本末転倒ですが、少しでも医師の業務負担を
軽減出来無いかな、と考えているかたの“虎の巻”になるかも知れません。

但し、
「何々の検査をしましょう」
「ああ、あの○○と××の機能を調べるアレですね?あれってAって検査と
似てますよね。片方やって両方解かったりしませんか?」
などと云うことは、くれぐれも医者に向かって言わないように。


知識は己が身を守る為のものであり、揚げ足を取る為の道具ではありません。
*揚げ足を取ろうとして踵落しを喰らいまくった過去の自省も込めて。
posted by しおのや at 21:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 隔日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月16日

一刻先の蝋燭の炎

オリックス・バファローズの仰木氏の訃報をニュースで聞き、
その年齢を知って更に驚きました。(七十とは思えない若い風貌でしたから)

人の死って突然来るものですね。
「病身だから」と云っても長生きする人もいれば、或る日唐突に亡くなる人もいる。
今日今この時まで元気だから大丈夫、と云うものではない。

古今東西に論じられ、諍いを誘発する「生死」に関してはそれこそ、放射性物質と
同様の細心細密の注意を払っても足りないくらいです。
宗教観、倫理観、土地土地の観念、個人の思想思考、個人の感触感覚などが
係わって来るので、慎重の上に慎重を載せても、
語るは累卵の危機を覚悟せねばならない所。

私は折良く(と云う言い方は語弊がありますが、それしか思い付かない為)
人の死を何度か目にしました。耳にしました。
ここで云う「人」とはまったく赤の他人の他者のことではなく、
少しでも私に関係のあった人のこと。

何故か、死ぬ人死ぬ人、朝方に絶息している。

だから夜明け時が嫌いです。
払暁も黎明も、何かしらの訃報を携えている気がしてなりません。
別に神経衰弱を患っているわけではないので、悪しからず。

まあ普段はすっかり忘れている感覚ですが、時にこう云う、死に触れて思い出す。
では、明日から自分はどう生きるべきか。
なんてことは考えません。
考えてどうなるモンでもないしなあ。
(又、思案したとしても「どうかしようとしない」と云うことが最大の問題である)

タイトルは、落語の「死神」より、連鎖イメージ的に。
posted by しおのや at 20:19| Comment(2) | TrackBack(0) | 隔日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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